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7年近く前にみたドラマのセリフがいまだに頭から離れない


こんにちは、にわです。
先日、ワーママはるさんという方のこちらのVoicyを聞いて、昔みたドラマのとあるセリフを思い出しました。

  

  

「タラレバ」とよく言われるように、実際に行動に移している人とそうではない人の間には、すでに大きな差があるのだ、と思います。

 

この方が思うことも、わかるなーとも思うし、このような感想を取り上げる側の方も、すごいなーと思います。あまりよい例ではないことは百も承知なのですが、

 

Bさん
誰かを殺したいと思う人間と、本当に殺してしまう人間では決定的に、圧倒的に違うんだ!

 

永山絢斗さんが演じる男性が、殺人犯であろう広末涼子さん演じる女性に言うシーンがあるのです。Google検索してみてたところ、2014年のNHKの「聖女」というドラマでした。

 

ドラマをみていた当時も、

 

あぁ…

 

と何とも言えない心持ちになった記憶がありますが、以降、このセリフが、このセリフを発している永山絢斗さんが、時折浮かんできて、頭から離れません。

 

別に殺したい人がいるというわけではなく、例えば、職場で電子機器が複雑に多数稼動している部屋で、この電源を落としたら大変なことになるんだろなーとふと思うことがあるのですが、当然、実際に電源を落としてみるようなことはしません。

 

電源を落として起きることは明白で、一瞬の好奇心を満たすためにした行為と引き換えに得られる結果は想像の範囲内(機器が停止してあらゆるサービスが停止する)でしかないであろう一方で、それによってもたらされる負の結果、なぜそんなばかなことをしたのか、賠償金はいくらになるのか、会社は当然クビになって収入が途絶えて家族を路頭に迷わせてしまう等々、やる価値のない行為であることは明らかです。

 

あまりにばかげたことなので、誰にも話したことはないのですが、同じようなことを小学校中学年の頃にも考えたことがあります。

 

当時の担任は畑作業が好きな先生だったので、しょっちゅう、室外学習と称して、外で土いじりをさせられていた記憶があるのですが、ある時、足元の蟻が目に留まり、この上に石を落としたらどうなるだろう?蟻は石に潰されて死んでしまうという想像の範囲内の結果しか返ってこないだろう、そんなことを試す価値はない…とぼんやり自問自答していたら、クラスメイトから

 

Aさん
何ぼーっとしてるの?

 

と声をかけられて、クラスメイトは私がそんな物騒なことを考えていたとは露ほども思っていなかったであろうと、うしろめたい気持ちになったことを今でも覚えています。

 

このようなばかげた、ネガティブな発想が頭をよぎってしまうのは、私だけなのだろうか…。私は何かがおかしいのだろうか?と不安な気持ちになることもあるものの、自分の中にこういった不安定な要素があることを自覚しているため、理性の力によって絶対に実行には移さない、ということは固く決めています。

 

思うだけなのと実際に行動に移してしまうのとでは決定的に圧倒的に違う

 

ということを強く心に留めています。
思ってしまう、頭をよぎってしまうことは仕方ない、止められない、とあきらめています。

 

子どもの頃、親とニュースを見るともなくて見ていると、例えばネコを殺す少年事件などのニュースをみて、なぜこんなことができるのか、信じられない、というような感想を私の親は発していたものでした。ネコはさすがにグロテスク過ぎてまったく私の頭によぎることはないものの、蟻に石を落としたら…とは考えたことはあるのです。

 

私は親がニュースをみて述べる感想を聞くたびに、誰でもそちら側の人間になり得るのに、親自身は絶対に事件を起こす側の人間にならないと思っているのだろうか?と疑問でした。

 

私の親は、私のような不穏な発想はまったくよぎらないタイプの人間なのだと思います。一方で、そういう親からも私のような人間が生まれる、というのは、なんともおそろしいことだと思います。私が子どもをもつという選択をすることを長らくためらった原因のひとつがここにあります。

 

息子はよくゲームや家庭学習をしていて、わざと間違えたがります。

 

息子
まちがえてみていい?

息子
まちがえたらどうなるかみたい!

息子
1回だけやってみていい?

 

ゲームや学習では全く構わないのだけれど、これが人を叩いてみたいとか、暴力的な方向に向かうことはないのか?ということが私にはわかりません。

 

息子には、

 

世の中には1回だけでもやってはいけないことがある。

1回だけで取り返しがつかないことがある。

それはぜったいにやってはいけない。

一時の好奇心で人生を台なしにすることは絶対にしないでほしい。

 

とまだ6歳ですが、数年前から言い聞かせています。どこまで伝わっているかはわかりませんが…。また、

 

たのしいと思えることに時間を使いなさい。

たのしいことに目を向けなさい。

たのしくないことに貴重な時間を費やしてはならない。

 

...ということもよく話します。
ゲームに負けると激しく泣くことがあるので、たのしいはずのゲームでそんなに嫌な気持ちになるならゲームなんてやめた方がいい、やるならたのしい気持ちでいられる遊びをしなさい、と話します。悔しい、という気持ちは大事だとは思うのですが、息子にとってゲームはただの娯楽ではないということなのか?

 

最近はなんだか忙しくて、ドラマの類はほとんど見ることがないのですが、若い頃はよくドラマをみていたし、十代後半から三十代前半は、よく小説を読んでいました。小説には、不完全だけれども魅力的な人たちがたくさん登場して、当時の私には実用書よりも学ぶことがたくさんありました。

 

最近はようやく実用書やビジネス書に書かれていることの価値がわかってきたので、そういうジャンルの本も読みたい・読まなくては、と思うのですが、時間があればもっとドラマもみたいし小説や漫画もよみたい。仕事は嫌いなわけではないものの、会社勤めで生活費を稼いでいては自分の時間が全然足りないので、FIREうらやましい…と思っています。話がずれてきたので今日はこの辺で…。

  

2021年5月吉日

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