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バイアスと経験則と確率

 

こんにちは、にわです。
私の勤める職場では、「バイアスは悪いもの」的教育が比較的熱心に近年行われており、自分自身も世間的にマイノリティな部分もあるため、会社の言いたいことは概ね理解できていると思っているし、所詮、あらゆることは「その人次第」と思っているのですが、最近、自分の中のバイアスにはっとしたというか、バイアスとこれまでの経験的確率からくる思考と、何が違うのだろうか?と疑問に思うことがあったので文字にして整理したいと思います。

 

先月くらいからチームメンバの採用に関わっており、候補者の面談に同席するよう上司から指示を受け、このひと月ほどで約5名の候補者の職務経歴書を確認して面談に同席する、ということがありました。

 

採用、といっても、今年一年でチームの職務内容や勤務形態に変更が予定されているため、正社員ではなくひとまず派遣社員を採用して既存メンバの業務負荷を下げよう、ということが第一目的の採用です。よい人であれば、できれば正社員になってほしい…という思惑も0ではありませんが。

 

上司によると、昨今、派遣社員の採用は、年齢・住所・家族構成など、職務経歴以外のことを質問するのはNGで、「面談」「面接」という言葉を使ってはならず、「お顔合わせ」しかできない、とのこと。最近はそんなことになっているのですね…。

 

そんなこんなで、事前に配付される職務経歴書には、年齢も住所も名前もなく、経歴と名前のイニシャルしかないので、名前から性別を予想することもできず。経歴の長さで年齢はなんとなく予想できますが、ある日の顔合わせで、最初の職務経歴の1行(約20年の経歴)を見落としていて、二十代後半か三十代前半かと想像した候補者がいました。

 

職務経歴に添えられた独学の記録から、私の中で勝手に20-30代男性・有力候補…のようなイメージができあがっていました。

 

いざ、顔合わせをしてみたら、50代後半と思しき女性でびっくり。職務経歴の最初の20年を見落としていたことに気づきました。そして若干がっかりしている自分にも気づきました。

 

20-30代男性の何が50代後半の女性より勝っているのか?冷静に考えれば、別に属性による優劣などないではないか。強いて言えば、よい人であれば正社員に…と思っていたため、互いに合意して正社員にお迎えしても、数年でお別れでまた採用活動をしなくてはならない…というぐらいです。

 

20-30代男性でも全然期待した働きができずに短期間でやめていった人はこれまで複数いますが、もうひとつの懸念としては、チームの既存のメンバとうまくやっているけるのか?という点です。

 

私の属するチームは私以外は基本的に男性ばかりで、表立って言いはしませんが「所詮女は」「これだから女は」と腹の中では思っています、というメンバもいます。「正直僕は「だから女は…」と思っている種類の人間ですが、にわさんは男前ですね、「男」じゃなくて「漢」のほう。」というようなことを何度か言われたことがあります。

 

率直に言って、その人の気持ち・言い分は私自身も理解できる部分があります。子どものお迎えに間に合わないから、早く対応してくれ、と、必要なプロセスをすっ飛ばして現場の下っ端の人間に要求して来る女性社員や、子ども都合がほかのどのメンバの都合より優先されて当然、という態度の女性社員などの姿が複数思い浮かぶためです。

 

こういう言動に女性が多い、という点は、男性との子育て負担の差や、彼女たちの上司や組織がこれらの言動に疑問を持っていないことなど、組織や社会全体の問題もあるとは思いますが、女性側にも問題がないとは言えない、と個人的には感じます。

 

我が家が専業主夫世帯を選択している理由のひとつは、そういう女性たちの姿を見てきて、自分はそうなりたくない、と思ったからでもあります。自分自身の選択は、後に続く女性たちのことをまったく考えていない、あまりよい選択ではないという自覚はあるので、若い女性社員に同性の先輩社員としてひと言、のようなものを求められると非常に困ります。

 

我が家が専業主夫世帯を選択したのは、当時、夫が仕事を離れていたからで、夫も私もまったくキャリア志向はなく、できればお互い仕事なんてしたくない、というタイプだったために選択が比較的容易だったためで、あまり一般化できるケースではないだろうと思います。

 

チームに新しいメンバを迎えるにあたって、無意識的に、20-30代の男性だったらな…と思っていた自分に、そんなバイアスがあったのか…と驚くと同時に、過去がっかりさせられてきた女性社員の言動に少なからず影響を受けているとも思います。

 

女性というだけで、職場においては男性より期待値や信頼が低いところからスタートすることになり、信頼を得るまでに一層努力が必要になる現状は、仕方がない側面もある、とも感じており、平均以上に結果を出さなければ評価されないことについて、不満を感じたことはありません。

 

共働きが増え、こうした問題が女性側(だけ)の問題ではなく、社会や組織の問題としてとらえられ始めている現在は過渡期で、いずれ、「一層の努力」は不要になるだろうと想像していますが、「バイアス」とひと言では片付けられないのではないかと考えさせられた出来事でした。

  

2024年1月吉日

 

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